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ふるい娯楽西部劇についてのおしゃべり

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南フランスの小さな村。汽車が到着する。大きなトランクを下げた人びとがつぎつぎと降りてきます。子ども連れの夫婦者や男だけの単身者、ギターを弾きながら陽気な歌声の連中もいる。イタリアやスペインからの季節労働者たちだ。

 

村のはずれに、石切場で働く男たちが長期滞在している一軒の宿屋がある。切り盛りしているのはひとりの女主人。近くの丘ではコルシカの炭焼きたちが野宿生活をしている。そんな地域でおきた男と女の情愛のもつれ(とうぜん、お金がらみ)による殺人です。

 

誘惑、情慾、嫉妬、密通、不倫という脂ぎった激情をえがいていながら、画面がまったく、どろどろとべとつかない、というのがすごい。南仏の(いったことなど、ないけれど)太陽のあかるさ、乾いた大気。ジャン•ルノワール監督『トニ』(フランス、1934)。いや、たまりません。

 

男も女も、欠乏と困窮のなか、愛と夢に惑わされ、情慾と金に引きづり回されながら、自分の欲望に手加減無し。多情で浮気な女に妄執さながらの愛をいだく男。報われそうもない愛に献身的な情熱をしずかに捧げる男。欲望を打算ともくろみで偽装し、本物の愛と思い込んでいる男。廃墟となった愛に、なおも破壊を加え続ける男。

 

  スペイン女と宿屋のおかみ

   

そしてふたりの女。いやらしさが匂いたつスペイン女はぎらつく太陽のした、エロチックなことばと姿態で男を誘惑します。ぶどう畑のなか、背中をハチに刺され「はやく着物を脱がせて••••お願い、背中を吸って••••ああ気持ちいいわ、もっと強く」。トニはその背中を抱きしめ「下着をつけてないのかい?」

 

このスペイン女、陽射しさす洗濯干場で別の男と••••男「何だこの布切れは?」女「わたしの下着よ、返して」男「下着じゃなく、中身がほしいよ」とスカートのなかに手をすべりこませると「下着をつけていないのかい?」と驚きを隠せない。多情なスペイン女はこの男と結婚します。仕方なく宿屋の女主人といっしょになるトニ。

 

それでもスペイン女への情愛を断ち切れないトニ。かれにたいして狂気めいた愛を抱いていた宿屋の女主人であったが、自分にたいするトニの愛が完全に消えたことを悟ったとき、入水自殺を図ろうとします。この場面が抜群にすばらしい。湖水に小舟をこぎ出すマリア。いっさいの音は消え、厳粛なまでの静けさが画面に広がります。

 

そして小舟が湖水の中央に達するや、空と水面のさかいが消え去り、画面一面が(小舟と、水面にうつる小舟の影をのぞいて)真っ白となる。夢幻の美しさをたたえた場面です••••さて間もなくして、金銭問題もからみスペイン女の結婚生活は破綻してしまった。情夫(トニではない)にそそのかされた彼女は夫を射殺。怖くなった情夫は彼女を見捨て逃亡する。

 

  別の人生と別の星

 

いっぽうトニは死体を林の中に隠そうとするが官憲に見つかってしまった。殺害犯と誤解されたトニは逃げ出します。なんとか官憲をまいて、スペイン女との待ち合わせ場所にむかって走ります。今度こそ「別の人生と別の星が待っている世界」へ出発しよう、そう約束したふたりなのです。幅広い川にかかる高架鉄橋を画面の右から左へ

 

トニが駆けてゆく。超ロングでとらえられたかれの姿からは、かれのあせりや、希望や、恐怖など何も感じ取ることはできません。切羽詰まった吐く息も聞こえてきません。たったったっという、その規則正しい足音だけが画面にひびきます。ちょうど鉄橋を渡り終えたあたりで、警戒についていた村人の制止を無視したトニ、

 

銃弾をうけ倒れます。村人がかれを抱きおこすと「ジョセファに伝えてくれ、もう、行けない••••」と、息絶えるのでした。轟音を立てて列車が陸橋を渡り、通り過ぎてゆきます。カメラがゆっくりと陸橋から駅のほうに降りてゆき、人びとの群れをとらえます。また今年も季節労働者たちがやってきました。大きなトランクをもっています。

 

母親にくっついた子どもたちはみんな楽しそう。明るい歌声をあげて歩きゆくハンティングの青年たちは夢と希望を胸に、笑顔です。ここが、かれらにとっての「別の人生と別の星が待っている世界」なのだ。この地でかれらの、あらたな生活、あらたな愛の物語がはじまるのです。どんなに厳しい生活のなかだろうと、生きている以上《愛を窓から放り投げる》(✳)ことなどできやしないのですから。

 

ジャン•ルノワールの『トニ』、これは何度みても、たまりません。 注記(✳)→ある詩の不正確な引用です。