相手を撃ち倒したあと、銃口にふっと息を吹きかける。この仕草をわたしはまだ西部劇のなかでみたことがない。そんな絵が浮かんでくるということは、どこかで見たことがあるのだろう。銃をくるくる回すのと同様、単にカッコつけているだけなのか。それとも何か実用的な効用があるのか。ともかくそんな仕草は普通の場面にはそぐわない。ギャグ的な効用しか期待できそうもないポーズである。
マカロニ•ウエスタンでならありそうだ(マカロニ•ウエスタンというジャンルが、ある意味ギャグみたいなものだ)。シリアスな場面で銃口に息を吹きかけて、その仕草がギャグにならないのは、卑劣漢を演じていた頃のリー・マービンぐらいのものだろう。何をやるにもいちいちカッコつけないと気がすまない自意識過剰な野郎だからな。
自意識過剰というならば、無慈悲なやり方でエリシャ•クック•ジュニアを射殺したジャック・パランス、かれならば銃口に息を吹きかけて、それはそれは絵になっていただろう(『シェーン』)。では、この仕草をエロール•フリンがやるとどうなる?どんな危機にあっても余裕しゃくしゃくの色男だ。いつものにやけた(でも決して嫌みにならないのはさすが)笑みをうかべ、野次馬や映画の視聴者にむかって
ウィンクを送りながらふ〜っ、とやるのかな? ある夜かれは、酒場で言いがかりをつけてきた悪漢と一対一の決闘をやることになった。悪漢にはどんなことをしてもエロール•フリンを倒さなければならない理由があった。悪漢を先にふたりが酒場から出てきた。すかさず、待ち構えていた悪漢の手下が銃をぬく。だが状況を注視していたフリンの親友が、みごとにフリンをカバーする。
「ありがとう、チャーリー」とエロール•フリンがいったその時、振り向きざまの悪漢が二丁拳銃を引き抜いた。と同時に銃声一発••••悪漢の動きが止まり左手から銃が落ちる。屈辱と怒りで顔がゆがんでいる。静かにフリンの声「どうした、レイフ?」。ここでカメラが下がると画面にフリンの後ろ姿がはいる。かれの肩ごしに身を震わせ仁王立ちのレイフ。画面にフリンがくわえているシガーの煙が広がってゆく。
無言のまま身をひるがえし歩き去るレイフ。数歩あるいたところで足がもつれる。右手に持ったままだった銃を取り落とした。上体がよじれると、そのまま冷えた歩道に倒れ込む。カメラが正面からとらえたエロール•フリンのこの上ない真剣な顔。得意のおちゃらけた笑みは微塵もない(それでも色男さ。ちょび髭に細いシガー、ふち飾りつきチョッキ、真っ赤な大きいスカーフだ)。
天使が羽毛を整えるときのひそやかささながらの、そ〜っとした仕草で銃を口元に近づけると、ふっ、と吹いたか吹かないかの息を吐きかける。そして、それは銃口にではなく、銃弾の装填口にであった。パフォーマンス性が皆無の、この上なく自然な(いや、それ以上だ。つまりスーパー•クールである)身振りである。そしてフリンが友人にいう、
「レイフの名で✳✳に電報を打とう。計画通りうまくいった、と」。こうしてエロール•フリンと友人は✳✳が支配するサン•アントニオに乗り込んでゆく。つまり、この決闘は、西部劇『サン•アントニオ』のかなり最初の方の出来事なのだ。それにもかかわらず、ここが映画全体のなかで、もっとも緊張感のある場面である。というのもこの映画、
全編にわたり細かいギャグやドタバタを散りばめているのだ(語り口調は、しごくシリアスである)。それにエロール•フリンからして、いつだって、おちゃらけ万歳といったノリですからね(それで画面が下品に落ちないのは、さすが)。そんなかれがみせた、いつくしむかのように拳銃に息を吐きかける、このスーパー•クールな仕草は誰にも真似することができないカッコよさでしょう。
⚫【サン•アントニオ】1945年、カラー。デヴィッド•バトラー監督。